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2006/04/12

Crazy Dream -RECK MAGIC-

「16歳の私の夢は、長い長い時の果てにこの春、花開きます。きっとその頃、桜は満開だろう。春は限りなく近くに」

「4/7(金) FRICTION[RECK・中村達也]LIVE@得三
フタを開けて見なきゃまだわかんないけど、ひとまずは、限定前売りチケットを、より熱い人たちや身近なファンに確実にフェアに手にしてもらえるよう、かなり心を砕いたつもり。
'04年の北海道ライジングサンでのRECKと達也との共演以来、新宿ロフト以外はすべてこの目で見てきた自分にとっては、なによりもまず、今のRECKと達也との「生」のビートと熱気を、名古屋のファンにも共有してもらいたかっただけなのです。
その思いが、私を突き動かし、走らせた。ただ、それだけのこと。粘りに粘って2ヶ月半。FRICTION名義で決定するとはよもや思いもよらなかったけれど、これはRECKからのご褒美だと思って大切に、真摯に受け止めよう」

コレは、RECKからバレンタインデーの朝に、
一枚のFAXをもらってすぐの、WILDSIDE日記。

「ソノ日」は、名古屋では今年絶好のお花見日和に。
RECKから依頼されたレンタル機材、
ベースアンプ/ampeg:ヘッド SVT-2 +キャビSVT810E
ギターアンプ/JC-120
を引き取りに向かう車中から、満開の桜花を眺め見た。
何かが芽吹く疼きを、カラダいっぱいに孕みつつ。

何度も何度も、「ソノ日」までにRECKと交わした。
大半はFAXで、時にはRECKからの電話で。
達也と蝙蝠がFRICTIONと出会ってから、25年。
四半世紀ともいうね。凄いね。
RECKがFRICTIONとしてLIVEするのは10年ぶり。
ファンはみんな、その“重さ”をとても良く解ってる。
そして、細かい経緯は抜きにするとして、
どういう形で話を進めるにしろ、蝙蝠としては、
けしてRECK自身を焦らせたくなかったので、
「口説く」というよりは、尻尾を振りつつ「待った」。
ひたすらね。RECKの気持ちとタイミングが最優先。
それでなくては全く意味を成さないと思ったから。

決定期限を迎える前日の夜更け。
99%先送りを心に決めていた蝙蝠んちの電話が鳴った。
RECKだった。蝙蝠の胆はもう座りまくってた。
うん。世界中の何処かにはきっと、
RECKが求めているギタリストはいるのだろう。
でも、この時点ではまだ出会っていない。
だから。だけど。
「オレはやっぱり自分の曲をやりたいんだよね」
それは、
「FRICTIONがやりたい」ということに他ならない。
でも、今やらなかったら、いつできるのか?
蝙蝠がその“きっかけ”をくれているのだから、と。
ヒョロい蝙蝠からの提案を一笑に臥すことなく、
当たり前だけどずいぶん考えてくれてるんだ、
それだけで、もう満足だった。一握の期待は残しつつ。

目覚めてバレンタインの朝。
最高の“答え”が、蝙蝠のハートに火を点けた。
−−4.7。やりましょう、「FRICTION」で。

ぶったまげた。
えらい(凄)ことになっちゃった、と思った。
だって、「FRICTION」ですから。
しかも、達也と2人でのワンマン一本勝負。
夢ならどうか醒めないでと、当日まで祈り続るしかない。
公演名の表記を決めるのに、RECKの指示を細かに得て、
かなりデリケートに情宣準備に取り組んだ。
達也のメイン活動は、「LOSALIOS」だ。
RECKにとっても「Gなし」のFRICTIONは、
けしてパーフェクトな体制とは言えない。
しかも、もう“セッション”ではしたくない、
という心持ちは明確だった。
RECKの配慮もスタンスも、蝙蝠にはよく解っていた。
だから告知するに至るまでは、よーく考えた。
そして主催者としては一切、「復活」とか「再始動」、
「再結成」という言葉は用いず、
あくまで、「RECK=FRICTIONを演る」という
それだけのシンプルな理由で、
「FRICTION名義でのライブ」と称し、爆弾投下。
すべては津波の如くうねり、動き出しましたとさ。

これからのことは、わからない。
だれがメンバーとか、もう関係ないでしょう。
それは、4.7.の得三を目撃した人なら解ると思う。
「革新」でしかなかった。そしてそれは、
RECKの「確信」にほかならない音だった。
それに達也は、見事に応え、無垢に昇華させた。
東京ロッカーズなんて、もう私にとっては伝説だ。
でも、RECKは、2006年の春も、
ただただ「壮絶」に「リアル」だった。
最小にして最大、しかも最新!
エフェクターを連ねたRECKのサウンドマジックには、
誰もが度肝を抜かれたろう。
2人にとってもすべて初めての試みで、その最初のLIVE。
でも、最初の1音から最後まで、
紛れもなくフリクション・サウンド。
RECKの歌で、RECKのROCKだった。
「RECKはやっぱり凄えな」「タッちゃん、良く叩けてた!」
そして、「楽しかった」と。
2人にとっても確かな手応えを残す一夜だったかと。
蝙蝠としては、これがひとつの起爆となれば、と願うのみ。

たくさんの愛を受け止め、
たくさんの愛を飲み込める。
誰よりも「我が」ままで、誰よりも「挑戦的」。
そんなRECKに、達也&蝙蝠もメロメロだ。
翌日は2人とも燃えカスみたいになっちゃった。
でも。蝙蝠はきっと、もういたずらに、
かつてのN.Y.に渦巻いていた「狂った夢」を追わない。
なぜなら、RECKも達也も身の毛がよだつほど、
新しく更新し続ける生き物だったから。この目の前で。
今は、2006年。やっと新世紀が見えてきたよ。

ライブが終わってから、気がついたこと。
達也の「レック口説いてよ」というメールから、ソノ日まで、
奇しくもきっかり、5ヶ月目だった。
本当に伝えたい気持ちが伝わるには、
それぐらい時間が必要かもね、ほんとはね。

何よりもサイコーに嬉しかったのは、
ステージ上から眺めるフロアの笑顔と、
得三スタッフI嬢の「結果オーライだて!」という心意気、
そして、当日同行したエミさん(ex.BOYS BOYS)からの
「口説いてくれてありがとう!」
という、満面の笑みでした。こちらこそ謝謝!

私は早くも、〆切片づけ、
燃え尽き体にガソリンぶち込んで、
相模湖までpikaiaのレコーディング合宿へ!
アデュー。


Recka

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