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2007/10/19

芸術補給。-晩秋〜初冬編-

Kanou

奇跡の京都限定30日間
「特別展覧会 狩野永徳」
京都国立博物館
2007年10月16日(火)〜11月18日(日)

いきなりフラッシュでやられます。
「信長さま、秀吉さま、ご推奨!! 」
ですよ、ええ。死人に口無し、歴史が認証。
日本画の展覧会で京都に行くのは横山大観以来だわ。
その時は、さほど好きな画家でもなかったのに、
目の前の圧倒的な「本物の威力」にひれ伏しました。

今回新発見作と話題の「洛外名所遊楽図屏風」で、
晩秋の古都トリップしちゃうなんていいかもね。

奈良国立博物館の「第59回 正倉院展」も、
セットで修学旅行、いかがでしょ。
しかし、正倉院そのものが究極に美しい。
動画で詳細にご案内
(光じゃないとちょっと時間かかるけど)

続いて、舞台の魔術師。
フィリップ・ジャンティ・カンパニーの新作
『世界の涯て』
愛知厚生年金会館、希望席でチケット取れました。
久々にあの奇跡の幻想トリップへ。

おまけは、世界に誇るPOP浮世絵師。
蝙蝠がロンドンでいちばん好きな美術館、
ヴィクトリア&アルバート美術館所蔵の
「浮世絵名品展」も松坂屋美術館にて始まります。
POP感覚あふれるユニークなコレクションは、
さすがヴィヴィアン・W・ウッドがデザインした
アナベラ嬢のバンドBow Wow Wowの衣装や
ポール・スミスのシャツまで展示してしまうっちゅう、
V&Aならではのセンスが見どころでもあります。
(さらにおまけ。ポール・スミス公式サイト内にある、
ポール自らがLONDON情報を発信する
「Paul's Eye」も要チェック!)

多忙な時期ほど、眼と脳と心に芸術補給。

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2007/10/13

若過ぎる死。-レーサーと建築家-

出張中に、ノリックがサーキットではなく、川崎市内の公道で
大型トラックと接触し、死亡したと言う報を耳にして驚いた。
彼が10代にして華々しく活躍し始めた当時、
蝙蝠はよくモトクロスのアマチュアレースチームスタッフとして鈴鹿に通った。
鈴鹿サーキット南コースから誕生したロードとオフロードコースを組み合わせた「スーパーバイカーズ」というレースで、初めてノリックの走行を目の当たりにして、その若さほとばしる走りっぷりに興奮したのを憶えている。
国産レーサーが10代から世界で活躍できる時代になったことを、リアルに実感させてくれたのが、阿部典史こと“NORICK”だった。
32歳の死は、確かにあまりにも若すぎる。

出張から戻って。
ちょうど1年前から新たなクライアントに斬り込みをかけ、分譲マンションのSP企画に関わってきた蝙蝠。皆さんの妥協なし!の頑張りあって無事完売!そのお祝いも兼ねた打ち上げにお招きいただいた。
時に壮絶バトルをまじえながらも「いいモノづくり」に燃えてきたメンバーと、建築に対する熱い思いを語り合う中で、黒川紀章氏の訃報を聞く。
奇しくも、蝙蝠が今の仕事をはじめて間もなく、専属で就いたのが、彼の人だった。
いろいろな意味で、突出した個性の人だった。
ちょうど、かつての六本木プリンスを手がけている頃。

生まれてはじめて乗るベンツの後部座席で、独特のトークの聞き役を務めさせていただいたり、青山の高層ビル最上階にあった黒川オフィスで、東京タワーがぐにゃりと曲がるほどの地震に揺られながらヒアリングしたり。囲炉裏を囲んで、長過ぎるインタビューや対談取材に目を白黒させたこともある。
蝙蝠自身は、彼の建築スタイルに首を傾げることも多く、また、何かとキナ臭い匂いが漂うプロジェクトも多かったが、知識人としては超一級だった。
茶の湯とそれに関わる「共生」の空間思想、しつらいの厳正さと奔放さが生み出す“宇宙”について。数寄屋と庭に関する基本的な知識は、彼の言葉と知識・見識を通して、多くを学ばせてもらった。

晩年は特に輪をかけて、奇天烈なキャラクターばかりが目立ってきたが、少なからずさまざまなインタビューを経験してきた蝙蝠が、いまだに「天晴れ」と感嘆した1人でもある。
どんな知識人であっても、しゃべる時には意外に脈絡のない話し方をしているのがほとんど。話したそのまますべてを原稿化できる人は極めて稀少な中、今でも黒川氏の理路整然とした講演やロングトークの内容は、鮮やかなまでに脳裏に焼き付いている。
蝙蝠が接した中では、故・岡本太郎とミュージシャンの山口富士夫もご同類。ああいうのを、真のカリスマ的オーラとでも言うのかもね。

盟友の73歳での死去に、石原慎太郎東京都知事は、「まだ若いですね」とコメントしたとか。
多臓器不全なら、生を使い切ったわけだから、肉体的には限界だったという証だろうと思う。
この夏訪れた東京国立新美術館は、黒川氏の建築だった。

黒川氏の仕事に携わってから、20年。
新たに思いを結びあえたお客様から、
「ありがとう」と手を堅く握ってもらった夜。
また、一緒に好い成果が生めるよう、
もっともっと、勉強し続けようと思ったのでした。

十字架を刻む、六本木ヒルズからの夕景。

Tk1

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