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2007/10/13

若過ぎる死。-レーサーと建築家-

出張中に、ノリックがサーキットではなく、川崎市内の公道で
大型トラックと接触し、死亡したと言う報を耳にして驚いた。
彼が10代にして華々しく活躍し始めた当時、
蝙蝠はよくモトクロスのアマチュアレースチームスタッフとして鈴鹿に通った。
鈴鹿サーキット南コースから誕生したロードとオフロードコースを組み合わせた「スーパーバイカーズ」というレースで、初めてノリックの走行を目の当たりにして、その若さほとばしる走りっぷりに興奮したのを憶えている。
国産レーサーが10代から世界で活躍できる時代になったことを、リアルに実感させてくれたのが、阿部典史こと“NORICK”だった。
32歳の死は、確かにあまりにも若すぎる。

出張から戻って。
ちょうど1年前から新たなクライアントに斬り込みをかけ、分譲マンションのSP企画に関わってきた蝙蝠。皆さんの妥協なし!の頑張りあって無事完売!そのお祝いも兼ねた打ち上げにお招きいただいた。
時に壮絶バトルをまじえながらも「いいモノづくり」に燃えてきたメンバーと、建築に対する熱い思いを語り合う中で、黒川紀章氏の訃報を聞く。
奇しくも、蝙蝠が今の仕事をはじめて間もなく、専属で就いたのが、彼の人だった。
いろいろな意味で、突出した個性の人だった。
ちょうど、かつての六本木プリンスを手がけている頃。

生まれてはじめて乗るベンツの後部座席で、独特のトークの聞き役を務めさせていただいたり、青山の高層ビル最上階にあった黒川オフィスで、東京タワーがぐにゃりと曲がるほどの地震に揺られながらヒアリングしたり。囲炉裏を囲んで、長過ぎるインタビューや対談取材に目を白黒させたこともある。
蝙蝠自身は、彼の建築スタイルに首を傾げることも多く、また、何かとキナ臭い匂いが漂うプロジェクトも多かったが、知識人としては超一級だった。
茶の湯とそれに関わる「共生」の空間思想、しつらいの厳正さと奔放さが生み出す“宇宙”について。数寄屋と庭に関する基本的な知識は、彼の言葉と知識・見識を通して、多くを学ばせてもらった。

晩年は特に輪をかけて、奇天烈なキャラクターばかりが目立ってきたが、少なからずさまざまなインタビューを経験してきた蝙蝠が、いまだに「天晴れ」と感嘆した1人でもある。
どんな知識人であっても、しゃべる時には意外に脈絡のない話し方をしているのがほとんど。話したそのまますべてを原稿化できる人は極めて稀少な中、今でも黒川氏の理路整然とした講演やロングトークの内容は、鮮やかなまでに脳裏に焼き付いている。
蝙蝠が接した中では、故・岡本太郎とミュージシャンの山口富士夫もご同類。ああいうのを、真のカリスマ的オーラとでも言うのかもね。

盟友の73歳での死去に、石原慎太郎東京都知事は、「まだ若いですね」とコメントしたとか。
多臓器不全なら、生を使い切ったわけだから、肉体的には限界だったという証だろうと思う。
この夏訪れた東京国立新美術館は、黒川氏の建築だった。

黒川氏の仕事に携わってから、20年。
新たに思いを結びあえたお客様から、
「ありがとう」と手を堅く握ってもらった夜。
また、一緒に好い成果が生めるよう、
もっともっと、勉強し続けようと思ったのでした。

十字架を刻む、六本木ヒルズからの夕景。

Tk1

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コメント

そして、赤福も死んだその日。

投稿: bukka | 2007/10/13 12:23

赤福よ、おまえもか。

投稿: iggyhoney | 2007/10/13 12:54

このレーサーの死・・気になっていました。

確か左端を走ってたトラックが無理やりUターンをしようとして巻き添えになった事故ですよね。

普通の道だからレースと違って緊張することもなくラフな感じで走っていたんだろうに・・

まだまだ若くて才能溢れてて

やりたい事もあっただろうに・・


神様は こういう方を早く召されてしまうのかなぁ・・

そんなことを ちらっと思いました。


投稿: riko-neko | 2007/10/13 19:02

riko-nekoさん
いつもコメントありがとうございます。

一言だけ言えるのは・・・
日本のレーサーは数居れど、ノリックほど
まるで少年マンガのヒーローみたいに
バイクをキレよく美しく操り、
「最高な子ども!」として育ってくれた
成長のプロセスごと魅力的だったライダーはいない。
にもかかわらず、
ノリックのようにいくら技量や素養があっても、
避けられない危険はあるということ。

大げさに聞こえるかもしれないけれど、
人力を超えたマシンに跨がるということは、
エンジンをかけたその時から、いつだって
「死」というゲートが開くのです。
その緊張感を、鉄の馬から遠ざかった今も、
日々忘れないよう心に据えている。
バイクは確かに危険な乗り物かもしれないけれど、
何よりも「生」の尊さを
日常的に生々しく感じさせてくれる乗り物です。
それが故に、悠々と見えても、
常に神経尖らせてスロットルをコントロールする。

頑丈なガタイのトラックやRV車、
カンタンベンリーなファミリーカーに乗る人の
根拠のない「安全感」の方が、ともすれば
緊張感や安全の意味を意識することを怠り、
十分凶器になりうることを忘れないでいただきたい。

バイクそのものは、危険な乗り物ではありません。
本当に危険なのは・・・
それが何なのか、わかるよね。

投稿: iggyhoney | 2007/10/14 03:42

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