« 2007年12月 | トップページ | 2008年4月 »

2008/01/06

お年賀。-平成20年-

Traya3

すっかり明けました。
平成もはや20年、平成元年生まれも成人です。
2008年北京オリンピック出場を決めた
卓球の福原愛ちゃんも今年ハタチを迎えます。
閏年の2月29日生まれは、4年ぶりの誕生日。

みなさんまとめて、おめでとうございます。

今年は「和の心」を大切に精進したいと思います。

「結ぶ・折る・包む・引く・重ねる」。
これらはいつも蝙蝠にとって重要なデザインテーマ。
中でも“寿ぎ・言祝ぎ”にまつわる美学は、
シンプル、クリエイティブ、ビューティフル!
「水引」や「折形」は、伝統とモダンが一体化した
日本が誇る究極かつ先進のハッピーデザインです。

年末年始、和菓子の「とらや」
六本木・東京ミッドタウン店ギャラリーでは、
折形デザイン研究所による
和紙で包み水引で結ぶ『寿ぎのかたち展』開催中。

Traya1

会場:東京ミッドタウン ガレリア/B1F 
「とらや」ギャラリー
期間: 11月16日(金)〜1月31日(木)

Traya5

蝙蝠はいち早く飛来して、お年玉を手に入れました。
虎屋菓寮では、胡桃餡と胡桃入求肥をのせた
艶やかな冬の季節限定『胡桃あんみつ』で一服。
お年賀がわりに、おいしい初情報をお届けします。

Toraya5

どなたさまも、寿ぎにあふれた1年になりますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

地底シスターズ。-得三大忘年会-

Cdg15

年末限定「日本一まじめなソウル宴会芸」
地底シスターズ。
重鎮ブルースマン木下和彦(g)をバンマスに、
バレーボールズ赤門という兄弟バンドから
精鋭メンバーも応援、豪華バックバンドに率いられ?
なんと、スペシャル・エディションで4年ぶりに復活。

オリジナル衣装もリニューアルです。
黒のロングフリンジが妖しく揺れるミニ、
蝙蝠は向かって左端のアフロ担当です。
テーマは、2007年アカデミー賞最多8部門ノミネートで
話題を呼んだ、映画『ドリームガールズ』
過去数々のソウル、R&Bの名曲を冒涜し続けてきた
地底シスターズが、遂に アカデミー賞を冒涜です!

ビヨンセ役争奪戦、
二の腕は、全員ジェニファー嬢担当。。 。^^;

何度でも観たくなる、胸が熱くなる。
・・・ひっくり返る。
満場の得三フロア、大歓声総立ちで、
皆さん熱いご声援ありがとうございました〜
2008年もかしましく楽しくまいりましょう!

★『地底シスターズ』ちょいとメモ
ちびまる子ちゃんのテーマ「踊るポンポコリン」で
かつて日本レコード大賞まで受賞しちゃった
ブルースシンガー近藤房之助が初代店長を務め、
後に現「得三」森田社長へと受け継がれた
名古屋・今池のライブハウス「オープンハウス」。
毎年12月30日恒例の忘年会にて、
出演ミュージシャンのライブの幕間に
日頃はお客さんとしてステージを盛り上げている
素人なオネエサン達が、 自前の衣装とラジカセで、
華麗にビッチにショウを披露したのが始まり。
ちなみに「地底」は、
オープンハウスが地下にあったことから
貝がらMAXの竹安師匠(vo/b)が命名。

Cdg11

1998年ライブハウス「得三」オープンを機に再結成、
新規メンバーとして蝙蝠も加わりました。
以来、年末と寿には欠かせぬ、すっとこショーガールとして
常に“付け焼き刃”でステージに立たせていただいてます。
すみません。

2008年は「得三」も10周年を迎えますね♪
みんな今夜もソウルフルに呑み続けています!

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008/01/03

ふたつのペルソナ。-マキ&ランコ-

Ranmaki

「呼ばれる」
ということは、やはりあるのだろうなと思った。
この秋から冬の始まりに。

10月末、出張の帰りにふと京都に降り立ち、
無性に帰り難くひとり2泊も過ごしてしまったり。

その週末(10/27)には、
カルメンマキ(vo)×板橋文夫(pf)@得三のライブへ。
「ああ、この組み合わせがあったか」。
板橋さんの煽情的でドラマチックな独弾を呼び水に
うんと翼の自由度を広げたマキさんの唄は、
シンガーとしての確固たるスタイルが再構築され、
新しい命の息吹が鮮烈に感じられてうれしくなった。

いつも生で聴くたび胸がぎゅうっと絞られる
『ペルソナ』。
男性同士を唄っていることを
MCで初めて知る。
それでもやはりせつなくてたまらなくなる、
高橋陸郎の詞。

そして、寺山修司の詞。
『時には母のない子のように〜サマータイム』。
ジョージ・ガーシュウィンが1935年に書いた
フォーク・オペラ「ポーギーとベス」の中の曲
『サマータイム』は、古い黒人霊歌(ゴスペル)
『時には母のない子のように』のメロディーに
インスパイアされて作曲されたものだとか。

ここにも、「音楽の輪廻」が息づいている。

蝙蝠にとってこの曲は、
幼い頃「夜のヒットスタジオ」で
当時まだ10代だったロングヘアのマキさんが
無表情に唄うのを観て以来、
彼女の唄でしかない。それでいいと思う。

「私が死んでも唄は残る、生き続ける」。
この言葉が蝙蝠の深くに楔を打ち込んだ。

ライブ後、「お久しぶりです」と少し言葉を交わし、
新譜『時には母のない子のように2007』に、
10年ぶりにサインをもらった。
それからまもなく、
出張で行った横浜にて。
偶然にもその日、またも彼女のライブがあった。
桜木町の老舗JAZZ SPOT「ドルフィー」
蝙蝠が生まれるちょうど1ヶ月前にこの世を去った
アルト・サックス、フルート、バス・クラリネット奏者
エリック・ドルフィー(1928.6.20~1964.6.29)。
ジャズ奏者の中でもとりわけ好きだっただけに、
一度この店に行きたいと思っていたけれど、
思いがけず足を運ぶ機会に。

カルメン マキ(vo)
太田恵資(vl,etc)
田中信正(p)
つの犬(ds)

満員御礼、遅れて到着した蝙蝠の席は、
太田さんのすぐ目の前。
立てかけたバイオリンに爪先が届きそう。
同級生のタップダンサーとどこか似ている
この人の懐深い軽やかさが、好きだ。
田中さんのピアノも艶やか。また聴いてみたいな。
個性的なメンツだけに、善し悪しよりも
スリリングに楽しめた。
マキさんも、それを楽しんでいた様子。

蝙蝠とカルメン・マキを結ぶもの。
「関西PUNKシーンの女帝」
624559499_38

80〜90年代京都アンダーグラウンドを彩った
THE CONTINENTAL KIDSのベーシスト、
SPERMAのヴォーカリスト
ランコ嬢が逝去し、2007年11月で早10年。
1997年12月。
京大西部講堂で追悼ライブが行われ、
蝙蝠は彼女の晩年曲を代わって歌うお役目に。
その際のトリとして、「カルメンマキ&OZ」が、
20年ぶり、一夜限りの復活を果たした。

目標を持たぬ蝙蝠の、唯一の標であり続ける
最強の不良姉であり、反面教師なおふたり。

ランちゃんの立っていたステージに
見送り役で立たせてもらってから10年。

導かれるように、西へ東へ。
蝙蝠もふらふらと飛来させてもらいました。

写真は、「ドルフィー」の帰り道、
野毛の飲屋街で見つけた
“ジャズと演歌の店”。
これも2つのペルソナの融合?
Ranmaki2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年4月 »