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2008/01/03

ふたつのペルソナ。-マキ&ランコ-

Ranmaki

「呼ばれる」
ということは、やはりあるのだろうなと思った。
この秋から冬の始まりに。

10月末、出張の帰りにふと京都に降り立ち、
無性に帰り難くひとり2泊も過ごしてしまったり。

その週末(10/27)には、
カルメンマキ(vo)×板橋文夫(pf)@得三のライブへ。
「ああ、この組み合わせがあったか」。
板橋さんの煽情的でドラマチックな独弾を呼び水に
うんと翼の自由度を広げたマキさんの唄は、
シンガーとしての確固たるスタイルが再構築され、
新しい命の息吹が鮮烈に感じられてうれしくなった。

いつも生で聴くたび胸がぎゅうっと絞られる
『ペルソナ』。
男性同士を唄っていることを
MCで初めて知る。
それでもやはりせつなくてたまらなくなる、
高橋陸郎の詞。

そして、寺山修司の詞。
『時には母のない子のように〜サマータイム』。
ジョージ・ガーシュウィンが1935年に書いた
フォーク・オペラ「ポーギーとベス」の中の曲
『サマータイム』は、古い黒人霊歌(ゴスペル)
『時には母のない子のように』のメロディーに
インスパイアされて作曲されたものだとか。

ここにも、「音楽の輪廻」が息づいている。

蝙蝠にとってこの曲は、
幼い頃「夜のヒットスタジオ」で
当時まだ10代だったロングヘアのマキさんが
無表情に唄うのを観て以来、
彼女の唄でしかない。それでいいと思う。

「私が死んでも唄は残る、生き続ける」。
この言葉が蝙蝠の深くに楔を打ち込んだ。

ライブ後、「お久しぶりです」と少し言葉を交わし、
新譜『時には母のない子のように2007』に、
10年ぶりにサインをもらった。
それからまもなく、
出張で行った横浜にて。
偶然にもその日、またも彼女のライブがあった。
桜木町の老舗JAZZ SPOT「ドルフィー」
蝙蝠が生まれるちょうど1ヶ月前にこの世を去った
アルト・サックス、フルート、バス・クラリネット奏者
エリック・ドルフィー(1928.6.20~1964.6.29)。
ジャズ奏者の中でもとりわけ好きだっただけに、
一度この店に行きたいと思っていたけれど、
思いがけず足を運ぶ機会に。

カルメン マキ(vo)
太田恵資(vl,etc)
田中信正(p)
つの犬(ds)

満員御礼、遅れて到着した蝙蝠の席は、
太田さんのすぐ目の前。
立てかけたバイオリンに爪先が届きそう。
同級生のタップダンサーとどこか似ている
この人の懐深い軽やかさが、好きだ。
田中さんのピアノも艶やか。また聴いてみたいな。
個性的なメンツだけに、善し悪しよりも
スリリングに楽しめた。
マキさんも、それを楽しんでいた様子。

蝙蝠とカルメン・マキを結ぶもの。
「関西PUNKシーンの女帝」
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80〜90年代京都アンダーグラウンドを彩った
THE CONTINENTAL KIDSのベーシスト、
SPERMAのヴォーカリスト
ランコ嬢が逝去し、2007年11月で早10年。
1997年12月。
京大西部講堂で追悼ライブが行われ、
蝙蝠は彼女の晩年曲を代わって歌うお役目に。
その際のトリとして、「カルメンマキ&OZ」が、
20年ぶり、一夜限りの復活を果たした。

目標を持たぬ蝙蝠の、唯一の標であり続ける
最強の不良姉であり、反面教師なおふたり。

ランちゃんの立っていたステージに
見送り役で立たせてもらってから10年。

導かれるように、西へ東へ。
蝙蝠もふらふらと飛来させてもらいました。

写真は、「ドルフィー」の帰り道、
野毛の飲屋街で見つけた
“ジャズと演歌の店”。
これも2つのペルソナの融合?
Ranmaki2

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