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2009/04/29

縁のある風景。-ギャルリ百草-

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雨がしとしと、あたらしい緑を濡らす。

この土地に縁のある相棒と、
はじめて訪れることになった。
いつかいくだろう、と思っていた
あの風景の中へ。
幾重もの糸から織物へと結びついた
不思議な縁に、手繰り寄せられて。

「ギャルリ百草」での企画展とファッションショー
『糸・布・衣展 VI』
mon Sakata/A[Azy:r]/安藤明子
2009年4月25日(土)〜5月6日(水・祝)
会期中無休・11:00〜18:00

引き戸を開け、土間で靴を脱ぐ。
たくさんのとりどりの色や素材に
古の民家の匂い、空間ごとくるまれる。
その瞬間、
蝙蝠は懐かしい時空にびゅん、と連れて行かれた。

この日のショーのプロデュースを担当したのは、
蝙蝠旧知のサバイバル姉、A[Azy:r]マダム・トシ子。

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思えば彼女が最初に企てた手仕事イベントにはじまり、
ある時期蝙蝠は彼女の片腕としてずいぶん走り回った。
パシリからプランナー、デコレーター、コーディネーター、
舞台監督、スタッフ調整、搬入撤去に至るまで、
やったやった何でもやった。心も体もたくさん汗をかいた。

しばらくご無沙汰をしたりされたりしていたが、
この夜はマダムの新しい仲間たちが
蝙蝠の目の前を走り回っている様子を
雨に湿りながら眺めているのが心地よかった。

この夜のショーを即興演奏で彩った
バイオリニスト来島里奈嬢も、
映像担当の青木兼治くんも、
かつて名古屋港倉庫でのインプロヴィセーションイベント
「Lethe.Voice Festival」を一緒に動かして来た仲間。
そもそも青木青年とは、蝙蝠が舞台監督を依頼されたヘア&ドレスショーで知り合い、仲間に引きずり込んだのだった。

さらに、仕事でご一緒していたグラフィックデザイナー
藤本組組長夫妻もお手伝いで来ていて、ばったり。
実はマダムのお気に入りだったと知って、びっくり。

ああ、ここが磁場になったんだ。
そうか。その匂いだったんだ。くんくん。

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もう10年ほど前になるでしょか。
金工作家の長谷川竹次郎氏・まみさん夫妻が
「娘のためにこんなの創ってるよ」とくださった
一枚の葉書。

モノクローム写真のやわらかな光のなか
ちゃんとお匙2杯ぶんのお米も炊けるという
父・竹次郎の思いが溶かし込まれたままごと道具。
雨に風に晒され、撫でられ、
自然に朽ちたテーブルに
素朴ながら存在感のあるちいさなお道具たちが
まるで、まいにち、そこに在るように
しっくりとにこやかになじんでいて。
その脇に「ぎゃるり ももぐさ」と書かれていた。

ああ、此処におよばれしたいなあ。

そう、思ったの。その時。
その葉書の中の風景が忘れられなくなった。

年月経てつひに、およばれいただけたのですね。
この風景の片隅に。縁のある仲間たちとともに。

ちら、とお次の企画展予定を見やったら。
『6月6日(土)〜6月21日(日)それぞれの茶箱展 II』
竹次郎先生とまみさんのお名前が。
こんな本が出されていることも知りました。
『父の有り難う』
長谷川 竹次郎【著】 長谷川 まみ【文】 
小泉 佳春【写真】
主婦と生活社 (2007/12/17 出版)
ふたりのお子さんが20歳を迎えた時に贈った最後の作品が、お茶箱だったそうです。

呼ばれなくても、もういけます、いけます。まいります。

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これまでいろんなひとの思いや悩みを聞き、
だれかのために動き、はたらいてきて、
そのぜんぶが、じぶんのためになった。
目に青葉、歳月と一緒に育っていくものが愛おしい。

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2009/04/16

追い桜、老い楽な恋。

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平日、ピーカン、真っ昼間から
ひとり燗酒をちびちび呑っていた蝙蝠の眼に、
ピンクのつがいの蝶々が…

いえ。

ちるぬる桜の精だったのかもしれないが。

老夫婦。
と性急に決めつけ軽薄に感激するのはよくない。
夫婦かもしれないし、恋人同士かもしれない。

そのむかし、某台所用洗剤CMで。
手繋ぎスキップ&ハミングする年配夫婦を
誰もが羨み憧れた時代がありましたとさ。
かたち夫婦だからといって心ひとつにあらず、
夫婦善哉、一心同体などは古語にもなりにけり。

ひとりひとり、ひとりで生まれひとりで死んでいく。
そもそもは、人生とはそういうものだと説かれたり。

そんな浮き世にあって、蝙蝠の心に響いた瞬間は。

同じ色と同じデニムを身につけて
春うららかな公園の桜の下にただ黙々と寄り添い、
黙々とおむすびを食べ、黙々とともに立ち上がり、
黙々と蝙蝠の視界から去って行った。

ふたりは手繋ぎもスキップもしなかったけれど、
睦まじい人生の余韻がそよ風のように心を撫でた。
その手前では、
桜と入れかわるようにの新緑が萌え始めていた。

スロースロー、ときどきクイックライフ。
ダンスみたいに、ふたりで、心躍らせて、生きる。

リンクにもしてある蝙蝠お気に入りの料理ブログ
「ばーさんがじーさんに作る食卓」
憧れは何かと聞かれたら、黙々と脈々と
こんな豊かな食卓を日々繰り返すこと哉、人生。

若き日の恋ははにかみて面赤らめ
壮士時の四十路の恋は世の中にかれこれ心配れども

「墓場に近き老いらくの恋は 怖るる何ものもなし」

川田順

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名残の花見酒。

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うららかなお昼。
一陣の風に舞う桜吹雪、ちら、はら、ひら。

素通りはできないね、ちょいと燗してもらおかな。
暑いほどだけど、桜も盛りの宴の頃は過ぎ、
ビールやワンカップっていう風情じゃない。

おやおや、「木の芽でんがく」というならせめて、
この時期くらい99円ショップの粉山椒じゃなく
摘みたての木の芽を使う心意気がほしかった。
茶屋のスミにでも植えておけばすむじゃあないの。
と、きもちぼやきかけたら

風ふわり

ひとひらり

名残をたのしんでちょうだいな、と。


不意に舞い降りた恵みにほぐされた。

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2009/04/05

コピーライターの死。

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サクセス、サクセス。
あくせく、アクセス。
悪く、急く、生きるな、キケン。

2009年3月27日、
コピーライターの土屋 耕一氏が亡くなった。
享年78歳。
という記事を見て、そんなにお歳だったのかと驚く。

何故なら、蝙蝠にとって永久に「現役」の
コピーライターの師、だから。

でもね。そうか。そうかもね。
蝙蝠のコピーライター初めとしてのバイブル
『土屋耕一のガラクタ箱』
と出会ったのは、
もう、そう、かれこれ
四半世紀近く前にもなるんだから。ねえ。

資生堂コピーライターの第1号になった人。
サントリーのコピーライター第1号は、
言わずと知れた『洋酒天国』の開高健だ。

兎にも角にも、「第1号」ってカッコいいよね。
ふん。ふふん。

軽い機敏な仔猫何匹いるか
→カルイキビンナコネコナンビキイルカ

この回文を未だ超えられずにいる愚鈍な蝙蝠。
一生メビウスの輪上を彷徨ってるのかもしれん。

ナントカ養成講座とか、ナントカ教室に
足しげく通ってナニかをモノにしようなんて、
そういう発想自体がクリエイティブじゃないわぁ。

盗め、狩れ、反復して身につけよ。
無冠であれ。ノーライセンスで行け。

エルネスト・チェ・ゲバラよろしく
そんなゲリラ戦法で生き抜きたいと、
眼とハートだけがただひたすら
ギラつきまくっていた野生なる20代。

土屋耕一という存在と発想法を知り、
「コピーライターというダンディズム」に魅せられた。


なぜ年齢をきくの。

と、1976年の伊勢丹に言わせて矢を射った
鉄人狩人の、さて、そのココロは?


コピーは
キャッチフレーズだけを読ませるものではない。

その真理を…最初に気づかせてくれた師である。
それにこの時気づかなければ、
今の蝙蝠は無い。
きっと、ごはんも食べて来られなかった。


春になって。小蕪から花が咲いて。黄色と知って。
そうして。

能ある鷹は爪を毎日トキトキに磨いておきながら
涼しい顔〜で隠しとくもんじゃろ、っていうのを
ようやく修身し始めた薮蝙蝠かな。

写真は、豊田の老舗酒蔵「浦野酒造」にて
蔵開放に本日訪れ、拝ませてもらった100年桜。
昨年にも増して雄々しく瑞々しく麗しく。

酩酊に誘う爛漫模様は華やかなりし甲なれど、
春雨にそぼ濡れる花八分目の風情もまた、乙なもの。

Saku091

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