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2011/04/05

哲学者内山節氏よりの呼びかけ。

愛知県足助町で昨年開催された「山里テツガク塾」にて

講師を務めてくださった哲学者の内山節先生より
足助町で山里暮らしをするカヌーイスト吉田大さんを通じて、
今朝早くに、こんな呼びかけをいただきました。

旧知の友人で現在東北被災地にてボランティア活動に参加している
「四万十塾」塾長のとーる氏とのつながりもあり、
昨年、吉田大さんより
上記講座の参加と編纂依頼をいただいたご縁です。

日本人が本来自然とどう生きてきたか、
近代化の中で都市社会が何を失い続けてきたか。
都市・農山村・自然がともに関係し合って生きていく未来とは
など
テツガク塾で内山氏にお話し戴いた内容の様々が、
今回の震災以来、より一層強く私の胸に響いてなりません。

とはいえ、内山氏の思想に私自身が強く傾倒しているとか
そうしたところにまで至っているわけではありません。
自分自身の縁に感謝し、今回のこの呼びかけに賛同するものです。

”亡くなられた方々を十分に追悼することなく、
未来を語ることに私はためらいを感じます。
ここからはじめませんか。”

私はこの内山先生のご提言に共感、同意します。
私も今一度心して追悼の意を御霊に捧げ、
今後の在り方行き方生き方と向き合いたいと思います。

共感される方は、
下記をご自身のご判断の上転載、転送協力願います。
※ただし、
これは「だれもがどこからでもどんな方法でも参加できる心の追悼式」であり、 それぞれの気持ちをひとつに御霊に捧げる提言ですので デマ、チェーンメール等に該当、あるいは懸念されるものではありません。

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東日本大震災で亡くなった人々を、みんなで供養しよう
—亡くなられた方々の冥福を祈る日を
みんなでつくりだすことを呼びかけますー

最初の呼びかけ人・内山 節

日時  2011年(平成23年)4月24日日曜日
 
この日にそれぞれの場所、それぞれの方法で
亡くなられた方々への冥福を祈りましょう。
また12時正午にはみんなで祈りを捧げたいと思います。

方法  ご自身の信仰をおもちの方はその方法で、
また他の方々はそれぞれが思いついた方法で。
被災地の方角を向いて手を合わせる、
仏壇などをおもちの方はお線香を上げる、
近くのお寺、神社、教会などに集まり祈りを捧げる、
ご自宅に思い思いのデザインの半旗を掲げる、
追悼の集まり、コンサートなどを開く、
・・・・方法は自分がよいと思う方法で、自分のできる方法で。

国葬のような儀式にするのではなく、
全国津々浦々でみんなが送る日にしたいと思います

東日本大震災は私たちのなかに驚き、恐怖、悲しみとともに、
自分自身もまた「支え合う社会の一員でいたい」という
強い意志をも生みだしました。
皆様もそれぞれの場所、それぞれの方法で、 直接、間接的な
被災者への支援の活動をおこなわれていることと思います。

私たちの役割はこれからも持続的な支援活動を続けながら、
被災地の復旧、復興に協力していくともに、
この直接、間接的な活動をとおして
社会とは何か、社会はどうあるべきか、
暮らしや労働をどう変えていったらよいのかなどを捉え直し、
日本の社会を再生させていくことだろうと思います。

その意志を示し、未来への歩みをすすめるために、
みんなで東日本大震災で亡くなった方々を供養する日を
設定することを 呼びかけます。

古来から日本の社会には、
災害や「戦」などの後に亡くなられたすべての方々の冥福を祈り、
死者供養をする伝統がありました。
「戦」の後には敵味方を区別せず供養しました。
またそのときには人間だけではなく、 巻き込まれて命を落とした
すべての生き物たちの冥福を祈りました。
さらに災害の後には、大地が鎮まることをもみんなで祈りました。
そうすることによって、
悲劇に巻き込まれていった生命への思いを共有し、
ひとつの区切りをつけ、
次の歩みに向かう入り口をつくりだしてきました。

この度の大災害で亡くなられた方々に対しては
すでにご遺族の方々などの手によって、
精一杯の供養がおこなわれたことだろうと思います。
しかしその一方でご家族が全員亡くなられるなどして、
誰にも送ってもらうことができないでいる人たちも
おられると思います。
そのような方々に対してはもちろんのこと、
すでにご遺族の方々なとによって供養された人たちに対しても、
みんなで追悼、供養してあげようではありませんか。
そうすることによって、
これからの私たちの決意をも示したいと思います。

この案内を受けられた方は、ご友人、お知り合いなどに転送し、
この呼びかけを伝えてはいただけないでしょうか。
またホームページ、さまざまなSNSなどでも呼びかけ合うとともに、
供養の方法を提案していただければ幸いです。
お寺、神社、教会などにも呼びかけ、
私たちはこの災害とともに
これから生きていくことを確認したいと思っています。


亡くなられた方々を十分に追悼することなく、
未来を語ることに私はためらいを感じます。
ここからはじめませんか。

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哲学者・内山節オフィシャルサイト

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だいたいエネルギーって、

La20111_2


4 月1日のmixi日記より。

世界全国各地のお母さんの怒りや地団駄から、
原子力に代わる高効率のエネルギー発生効果が認められました。

ってね!いや、怒りより
ほんとは高エネルギーの愛情温度で
健やかなくらしや子供達の一日一日を守りたいよね。

4月1日、一日一偽善はもうなしよ。


「だいたいエネルギーってね、、」
そもそもこれまで無関心だった素人が数週間で 代替エネルギー問題について熟知して正否を語れるわけがない。
CO2問題のからくりだの未開発の海底資源だの、 皆好き好きにいろんな説に傾倒すれど、
どれが正解!って クイズみたいにオチをすぐにつけてくれるわけじゃないから
仮定空論で議論も収拾がつかなくなる。

ともかく専門家を結集して、早急にとことん議論し合って、
今の日本にとって、そして同じ空で繋がっている世界にとって これからの地球にとって最善の策を見出してほしいと切に切に願う。
そのために必要ならもっと働いて税金だって投入するよ。

だからといって、
私たちはもう無関心、無知でいるわけにはいかないよね。
ひとりひとりが原発を許してしまった国の国民としての責任と
今後への決断と対処義務を背負っているのだから。

この機会に詰め込みでも付け焼き刃でも何でもいいから、 かたっぱしからより多くの見識を知り比べてみる努力は必要だと思う。
「餅屋は餅屋」を信頼できるよう、
私たち自身はひとつぶひとつぶ米を育てていかねば。

しかしこれは実際、相当気力体力時間を消耗するものなんよね。
それぞれのメリット、デメリット、玉石混淆という
途方もない海に舟を漕ぐようなもの。
それこそサルノコシカケがいいとか、これで命が助かった!とか
なんとか健康法みたいな雨後のタケノコ情報と格闘することになる。

そうそう、何かに似てるなあと思って、気がついたの。
母が余命○○で特殊な進行がんと診断された一年前。
現実に起きてしまった事へのショックと動揺、落胆、不安と闘い、
それでも連日連夜へとへとになりながら知ろうとあがいたのは、
専門家である医者たちの説明や診断を、
ただ鵜呑みするわけにはいかなかったから。

はなから疑ってかかるとか、信用していないという意味ではなく、
自分や家族にも係わる重要なことを
できる限り正確に把握し理解し、納得できないことには 専門家が説明する状況や意味や意図を「判断」し、 どの治療法を選ぶかの「決断」をすることができない。
今回の原発事故に関わる問題然り、 どんな大儀なことであっても、
決断はいつだって、最終的には自分自身に突きつけられ、求められる。

そんな中、身近な友人達が 「意識改革」という言葉を口にするようになったことで、 暗闇にばかり開かれていた道に、小さな光の穴が空いた様な気がしてる。
こころづよいってこういうこと。
おなじ心の温度が感じられるってこと。

当分のあいだは火力に発電力を頑張ってもらって、
専門家達に日本の未来に適した代替エネルギーを討議選定してもらって。 おまかせすることはおまかせするとしても、
私たちはきちんと「判断」する目と心を養って。
いますぐ、これからも、ずっとずっと
原発に対しては
「STOP&NO!」と言い続けられる自信を身につけたい。

そして、
私たちは皆ここまでできるよ、変わっていけるよ、
変えていこうよ、と高らかに名乗りをあげたい。


死んだじいちゃんが私の胸に残していった言葉
「なんでも自分で勘考せいよ」

私たちは「勘考できる日本人」であることを、
強く思い出したい。


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考える人、行動する人。卵か鶏か。

チャリティに関するある記事より。

「早くから支援をする人がいて、長い支援ができる人もいる。
一過性でなく、その両方ができれば・・・」

即反応で高らかに声を上げる人、
熟慮して本腰を上げる人。

支援も多様性、多構造であるほど根強くなる。

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義援・支援先を決めました。

La2011mm

3月のmixi日記より転載。

毎年、または随時これまでの自己チャリティでは
日本赤十字、ユニセフを基本に音楽関係などで立ち上がる
支援プロジェクト等から寄金してきました。
が!
今回のこの甚大な被害状況を見て、 蝙蝠ちょっと考えた。
1人の心を、もっと大きな力にかえて確実に伝えられないか。

そこでいろんな義援金窓口をじっくり選んでから、
「一度きりでなく今後継続的に支援していく」という姿勢で
まずは次の2プロジェクトに寄金を決めました。

ひとつめは
「大ナゴヤ圏からも支援の輪を!」

今回は個人より地域レベルで力をあわせ、
互いに支え応援する姿勢が大切と考え、
大ナゴヤ大学から災害支援に取り組む団体
【CIVIC FORCE】を支援する
チャレンジプロジェクトに寄金。

もうひとつは
旧友が四国四万十川で塾長を務めるカヌー教室「四万十塾」の
現地ボランティア活動支援として送金。
彼らは
阪神大震災でも長期間にわたるボランティア活動経験があり,
ライフラインが断絶している地域で
200人以上の野外食事提供できる技術があります。
昨年誕生日、そして今春
カヌー旅に参加する予定だった資金を、現地の力に!

ここに紹介したのは、
私からの勧誘目的ではありません。

「自分も何かしたい」という気持ちを
「何かできる人たち」の力にする方法が
日々新しく生まれているということ。
そして私たちひとりひとりが正常に日常を生きることで、
「現地を何とかしたい」という気持ちをお金という力にかえて
信頼できる仲間達に伝えることができるということ。

私からはそれが伝えたかっただけ。

自分の人間関係やライフスタイルが生きて支援になる、
それってとってもいいじゃない?

あちらもこちらもと戸惑ったり胸を痛めないで
自分らしい身の丈や考え方に適った、
そして何よりも無理なく継続可能な支援のあり方を考え、
実行していこうという意味で、
「私はここから支援する」
と表明するのも良いかと思うのよ。

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連休最終日。-春のお彼岸-

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ストレス極限 避難所で喧嘩も
2011年3月21日毎日jpより

早朝から風雨の中家族でお墓参りに行ってきた。
こどもたちも濡れながら黙々と
芽吹いてきた雑草を抜く。
母が用意してくれたおしぼりをまわして、
爪の泥をきれいにぬぐい、手をあわせる。
みんな、いつもとは違うことを祈った。たぶん。

実家に戻り、
今朝は抗がん剤治療の副作用がきつく
同行できなかった母に声がけ。
経絡をゆるりゆるり撫でてやり、
手足にひたひた保湿剤を塗り込む。
掃除がままならないトイレも、古タオルで
頬ずりができるくらいピカピカに磨く。

お次は97歳になる祖母の元へ。
昼食を付き添い、髪をとかして帰る。
今日は毎週お楽しみのかわり湯入浴。
いいね。うれしそう。

なんてことのない日々の世話でも、
それができて、気持ちよくなってもらえて
笑顔で「またね」と別れられる。

そんな毎日を、はやく、
いちにちも、はやくはやく
みんなの力を集めて取り戻してあげたい。

今日いちばん届けたいと思ったもの。

温かい真っ白なタオルの心地よさ。

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